映画『エクソシスト』(ドラマにもなってるね、今。僕知ってるよ)なんかで有名な、いわゆる悪魔憑きね。あれはキリスト教の宣伝だ、みたいな話がある。悪魔の存在で神の光を引き立たせるってことね。
アメリカさんのやることは凄いのう、じゃないんですよ奥さん。
日本にも似たような話はある。
金縛りに遭って、怖くて夢中で「南無阿弥陀仏」と唱えたら耳元で「そんなの効かないよ」と言われた、なんて怪談ね。
医学が進歩して、寿命も延びてる現代は「信じてない」が基本になっちゃってるでしょ。恐怖を作ることで信仰心をくすぐるっていうのかな。
今も昔も、分かりやすいってことが布教の鍵で、変わらぬ伝統。それがただ積み重なって、結果的に歴史になっていく。
それはいいの。そういうもんだから。
伝統と歴史にあやかるだけの門徒ちゃんがいて、自分の年齢より長けりゃもう、それだけで尊敬する。「続いてきたからにはちゃんと意味がある」みたいな前置きをして、ありがたやありがたやってね、続いてきたのは「民衆」も同じだろうに。
民衆ってものの体質が大きく変わらないから、宗教や信仰も伝統っぽい顔をしたままでいられる。声が大きいだけの門徒ちゃんが、そのまた門徒ちゃんを低品質で生み出し続けるサイクルが、今日もおかしなスピリチュアルを支えていくのであります。
つづくのであります。
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