僕ね、古生物学者になりたいって思ってたんだけどさ、少年の頃。なれなかっただろうなっていうか、なれてなくて当然だなと。知識とも呼べないような、本だけ読んでね。コレクターというか、オタクというか。切り拓いていく感じがなかったもん。
昔からの「非科学的なものは信じない」とか、最近なら「病院へGoです」みたいな言い方ってあるじゃない。自分で考えてない。誰かの知恵や経験を、極めて部分的に借りてるだけ。根拠なく否定し、根拠なく勧める。しかも上から目線。おぬしは何を知っとるんじゃい。無意識の権威主義って恐ろしいよ、門徒ちゃん。
見えないものを見せてくれる映画や漫画によって、霊能力とは「見えるもの」だと、視覚的に覚えてしまうっていう。これはもう、物凄く強烈な体験で。ほとんど刷り込まれちゃうんだよね。「見えるか見えないか」っていう基準を。
ブルース・リーが教えてくれたじゃん、「考えるな、感じろ」って。これも微妙なのか、今の時代は。いや、僕もそこまで世代じゃないんだけどさ。
感じるってことは、見える(私にも敵が)とは限らないわけで。「霊を聴く」、「霊を嗅ぎ分ける」ってこともあるわけよ。それが分からんのです、偉い人にも偉くない人にも。なのにみんな偉いつもりでいるという。みんなっていうか、偉いつもりの奴の声が大きいんだろうけどね。
これまた前にも書いたけど、マニアほど情報をね、視覚でかき集めて、読みあさるじゃない。信じるジャンルや度合いは少数派なのに、証拠で資格を論じたがるあたりは多数派で。目先の賢さばかりを争うんだから、視覚に囚われてるんだけど、気づかない。
大事なのは、問題が解決か、改善すること。原因が分かって、再発を防げること。本物に見えるかどうかじゃないのにね。
Shin01
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