2018年3月14日水曜日

偶然が儀式になってしまうとき・後編

 前回のつづき。

 たった一回の成功体験。たまたまうまくいったケースを、能力や儀式として固定しようとする。叩いて上手くいったんだからと、物理刺激の強弱だけで対応しようとする。叩きまくったり、やたら水かけたりね。

 「霊を呼ぶ巣箱」として繰り返し扱ってるけど、霊障ってのはそんなに簡単なもんじゃない。個人個人の癖に対して、実に巧妙に寄生するし、共生関係にまで発展してしまう場合も多い。

 そういうことを分からずに、最初の一件をベースに固めていっちゃう。

 評判になってその気になって、行くところまで行っちゃうと、引き返すわけにいかない。今さらできないとは言えないし、「やってきたんだ、できるはず、できないはずがない」と言い聞かせて、もっと強い物理刺激を、もっと長い時間をかけてやってみる。

 そして、取り返しのつかないことになる。

 霊能者本人も、取り巻きも、みーんな取り憑かれてたんだよね。見えないものを見たいけど、見えない。だったらせめて、見える人を知っていると言いたい。一番の友達だとか、一番最初に見つけたって言いたい。門徒ちゃんたちと同じっていうか、少なくともそんなに何が違うってわけでもないんだけどね。

 逮捕されたとか、霊感商法だとかって感じで取り上げられて、忘れられていく。忘れた頃に、同じような事件が起きる。

 信じないだけの人たちで裁こうったって無理があるよな、とも思うんだけどね。見えないものってこういうときに厄介だから、見えるものだけを共有していきましょうっていうのが科学で、現代で。まあだから、しょうがないんだけど。


Shin01

0 件のコメント:

コメントを投稿

注: コメントを投稿できるのは、このブログのメンバーだけです。